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彼女は雨の中で踊る

これは1年前の夏コミにサークル参加したときに書いたもの。
あの時は初参加だってんで気持ちもそこそこに乗ってそれなりの速さで書き上げれました。
結構いい感じにまとめれたかなと、自己採点で100点中80点位です。
でも今改めて見直してみると直した方がいいかなと思うところもいくつか見られます。
それでも最近書いた、強引に終わらせたものより遥かに良い出来だと思います。
出来れば感想欲しいなw
投稿サイトに送ってみようかな、とかも思ってみたり。



         彼女は雨の中で踊る



 今朝は晴れていたし、天気予報も雨は降らないと言っていたから油断していた。
 季節は六月初旬、梅雨入りから間もない頃。突然降り出した雨にある人は帰途を急ぎ、ある人は傘を買うため店へと入り、またある人は雨を凌げる場所を探している。
 ぼくは家路の途中にある公園へと急ぎ、屋根のある休憩所でひとまず雨宿りをすることにしていた。遠くの空も近くの空もどんよりと重く暗い雲に覆われ、当然のように周りは冷たく降りしきる雨が続いている。もうしばらくやみそうにないのは明らかだった。
 仕方がないと意を決して走り出そうとした時、公園の中央にある屋外ステージの方から歌声が聞こえてきた。ふと気になったぼくは踵を返し、濡れることも気にせずそちらへと歩くことにした。
 ステージに近づくごとにはっきりと歌声と、そして足音が聞こえてくる。高い観客席の下、ステージへと続く通路に歩を進め視線を舞台に移す。
 そこには一人の少女が踊っていた。
 白いワンピースに珠のような肌、髪は墨のように黒く肩口で揃えられている。
 少女は慈しむように雨を全身で受け、両手を大きく広げくるくると回る。その表情は明るく本当に楽しそうで、まるでそうしていることが世界で一番の幸せというような印象を受けさせた。
 少女が踊り回るたびにワンピースはふわりと、黒髪ははらりと重さを感じさせずに舞う。
 ぼくはいつの間にかステージの近くに立って、雨の中踊る少女に、その光景に魅入っていた。
 だけど何かが頭の中にひっかかっている。少女に変わらず魅入っていてようやくその疑問が浮かび上がってきた。ワンピースや髪が重さを感じさせない? 雨の中で?
 少女は突然踊るのをやめ、ぼくの方を見る。視線と視線が絡み合い、奇妙な気恥ずかしさと罪悪感と危うさが胸を高鳴らせる。
 少女はステージを跳び下り、ぼくの方へ近づいて来る。
「やっと気づいてくれた」
 少女はそういって嬉しそうに微笑み、ぼくの手を取ろうとする。
 その手と手は重なり合うことはなくただ通り抜けるだけだった。


 ピピピピピピピピ、朝を告げる目覚ましが枕元でけたたましく自己主張をしている。時刻は午前七時、普段ぼくが起きて活動を開始する時間だ。だけど今日は大学の講義も遅くからだし、昨夜はバイトで遅かったしということで二度寝することにした。でもおかしいな、そういう理由から確かに目覚ましの時間をずらしていたはずなのに、そんなことを寝惚けた頭で考えつつ眠りへと落ちて……行こうとしたけどできなかった。
 ガンガンガンガンガンガン!! 鉄と鉄がぶつかる音が突然鳴り始め、落ちかけて意識を引き戻す。
「コラー、いつまでも寝てるなーー」
 ガンガンガンガンガン!! 金属音にまじって少し高めの声が聞こえてきた。ぼくはそれを無視して眠りにつこうとする、がどうにもこうにもうるさい。
「早く起きて、顔洗って、朝ご飯食べて、歯磨いて、学校行く用意して、ウチ出るよー」
 いい加減イライラしてきて文句の一つでも言ってやろうかと目を開けたとき。
 ヒュンッと風を切る音の直後、トスッという音とともに目の前に包丁が降ってきた。
 一瞬で眠気が覚め、顔から血の気が引くのを感じ、冷たい汗が一筋流れた。
「早く起きてって」
 さっきまでのうるさい口調から一転、冷たさを感じさせる声色に変わる。いくら朝とはいえ初夏にはあるまじき寒気が全身を粟立たせた。
 上身を起こし声のした方へ視線を向けると、そこには鍋とオタマが宙に浮いていた。
「あ、やっと起きた。おっはよー」
 鍋とオタマの間をじっと見ていると、白いワンピースの肩口で揃えた黒髪の少女が浮かび上がってきた。
 少女は雰囲気を一転させ、明るく朝の挨拶をする。だけどぼくはそれに取り合わず二度寝を邪魔された不満を口にした。
「昨日寝る前に今日はゆっくり寝るって言ったと思うけど…」
「早起きは三文の得って言うでしょ。それに不規則な生活してたら健康に悪いじゃない」
「朝からぼくの部屋でポルターガイスト起こさないでっていつも言ってるけど……」
「だってそうでもしないとキミ、起きてくれないじゃない」
「で、なんでぼくを無理やり起こしたの?」
「あたしが暇だったから」
「やっぱりそういうことか」
「あ……」
 結局ぼくはこの幽霊少女の言うとおり、顔を洗い、朝ご飯を食べて、歯を磨き、大学へ行く用意をして、部屋を出たのだった。


 雨の日に出会った少女は生前、よりこ依子という名前だったと言った。生前、というのは死んでしまった今では戒名とか法号とか別に名前を付けられたのだけど、難しい漢字ばっかりで自分でも覚えていないから生きていた頃の名前を名乗っているそうだ。
 何でぼくのところに現れたのかと聞いたら、これはぼく自身が照れくさい話で生きていた頃ぼくのことが好きだったらしい。それが未練となって成仏できずにこの世に留まることになったという。依子さんが亡くなったのは大体三年前で、あいにくとぼくには霊感とか超能力みたいなものは無く結局気づいたのがあの雨の日ということになる。
「ねえ恵太恵太、講義終わったけどお昼食べに行かないの?」
依子さんの声で我に返り、周りを見ると誰もいなくなっていた。
「ついでに言うと出欠カード出してないから欠課になっちゃったね」
「しまった……」
 手元にあるものを見てつい間の抜けた声を出してしまった。さっきの講義の教授はこういうことにうるさい人なので今から行っても受け取ってもらえないだろう。今までしっかりと出席していたから単位が取れなくなるということはないが損した気になってしまう。
「…君のせいだ」
「えー、恵太がボーっとしてたからじゃない。いくらあたしが背後霊だからって何でも人のせいにするのよくないよ」
「人の運を吸い取って存在している人の言うセリフじゃないと思う」
 なんでも幽霊がこの世に存在するためには生きている人間から色々な力を吸い取り、それを自分のエネルギーに変えなければならないと彼女は説明した。また幽霊は物体に触れることができないので、この世のものに影響を与えるためにもそのエネルギーが必要だとも説明した。そしてこのいつも肩の上を浮いている少女はぼくの運をエネルギーに変えているらしく、結果取り憑かれた日から空気を入れたばかりのタイヤがパンクしたり、道を歩いていたらサッカーボールが飛んできたり、普段から必要分しか持ち歩かないようにしているから助かったけど財布を落としたりと運の悪い日々を過ごすことになったというわけだ。
「そういうひどい事言う人には耳よりな情報があるけど教えてあげないっ」
 どうやら拗ねてしまったらしくそっぽを向いてしまった。依子さんの言う耳寄りな情報が少し気になったけど、とりあえずぼくは昼食を食べに食堂へ行くことにした。
 食堂に着き、手早く食事を済ませて一息つく。依子さんの方を見てみるとまだ不機嫌そうにぼくとは反対の方を向いて浮いている。自分の傍でいつまでも不機嫌でいられるとこちらもどうも気まずい。仕方ないと思って、自分でも下手くそだとわかるほどの大げさな演技で呟く。
「そういえば耳寄りな情報ってなんなんだろうなー」
 依子さんがピクリと反応し、横目でこちらを見る。多分もう少し気にしている素振りを見せれば嬉しそうに話してくれるだろう。
「なんだかすっごく気になってきたなぁ。誰か親切な人が教えてくれないかなー」
 話す気になったようで体ごとぼくの方へ向け口を開いた。
「ほんとに聞きたい?」
「うん、聞きたい聞きたい」
 ぼくがそう言うと気を良くしたようで笑顔になる。こういった単純な性格は可愛いと思うし、もともと綺麗な顔立ちなので嬉しそうな笑顔を見せられるとどきっとしてしまう。依子さんはその笑顔のまま、耳よりな情報を話すために耳元に近づけてきた。
「ふふふーん、実はねぇ……」
「お、ケータ見つけた」
 依子さんが口を開いたのと同時にぼくを呼ぶ声が聞こえてきた。呼ばれた方を向くと、そこには髪を明るい茶色に染め、軽い雰囲気の男が立っていた。大学に入ってからの友人で名前は石本君。
「石本君どうしたの?」
「ああ、ちょっと頼みたいことがあってな」
「頼み?」
「そ、悪ぃとは思うんだがまたバイト代わりに入ってもらえないか?」
「えー、こないだ代わったばっかりじゃん。この人何でも恵太に頼りすぎ!恵太、断っちゃって良いよ」
 依子さんが他人には聞こえない声で抗議するけど、ぼくはそれを気にすることなく快諾した。
「そっか、ありがとな。どうしてもはずせない用ができちまってよ。この埋め合わせは絶対するから。じゃな!」
 そういうと石本君は足早に人込みの中へ消えていった。
「恵太、何で代わってあげるのよ。絶対アイツにいい様に使われてるって」
 いかにも不機嫌そうな声で頼子が言う。
「せっかくぼくを頼りにしてくれているんだし、断る理由も特にないし。それよりも結局耳よりな情報って何なの?」
 知り合ってまだ間もないけど分かり易いこの少女は放っておくと、いつまでも石本君を悪く言い続けるだろうから別のっていうか話題を元に戻すことにした。
「あ、そうだった。実はねぇ……」
「あの…恵太君」
 依子さんがさっきと同じ様に耳元へ近づいてきた時、再びぼくを呼ぶ声が聞こえた。なんだか今日はよく人に呼ばれる日だ。声の方に首だけで振り返ると、どこか頼りなげな、そんな印象の女の人が立っていた。こっちも大学に入ってからの友人で菊宮さんという。
「菊宮さん、どうしたの?」
「えっと……恵太君さっきの講義なんだかぼーっとしてたから……レポート課題出たの知ってるかなぁって…」
「え!そんなの出てたの!?」
「あ……やっぱり気づいてなかったんだ。あの…もし良かったらこれ、さっきの講義のノートと課題内容も書いてあるから……」
 そういうと菊宮さんは控えめに青色のノートを差し出してきた。ぼくはそのノートをありがたく借りることにした。
「ありがとう、すごく助かるよ。でも菊宮さんはノート無くてもいいの?」
「え、あ…だ、大丈夫。内容大体覚えてるから……それじゃレポート頑張ってね」
「うん。そっちも頑張ってね。ノート本当にありがとう」
 お互い応援の言葉を言って、菊宮さんは人込みの中に消えていった。
「まさかレポートが出ていたなんてなぁ。菊宮さんのおかげで助かった…」
 ぼくは手元にあるノートを見てほっと一息安堵する。と、そこで依子さんの耳より情報のことを思い出した。
「それで結局耳より情報って……」
 依子さんの方を見てみると食堂に来る時よりも険悪な雰囲気を醸し出していた。綺麗な顔でそんな表情をされるとすごく怖い。恐る恐る声をかけてみる。
「あの、もしもし依子さんさん?」
「恵太のばか!」
 そういうと依子さんは姿を消してしまった。といっても目に見えなくなっただけですぐ近くにいるんだけど。その証拠に肩が心なしか重い。
「一体何を怒っているんだか…」
 まぁ、毎度のことだししばらくするとまたいつもの調子で話しかけてくるだろう。そう思い放って置くことにし、ぼくは昼食を食べ、次の講義を受けに行くことにしたのだった。


 それで依子さんの機嫌が直ったかというと答えは否。午後からの講義中もずっと姿を消したまま一言も話しかけてこなかったし、大学が終わって石本君の代わりにバイトに入っている時も、それが夜に終わって自宅へ帰る途中の今でもずっと続いていた。姿は見えないけど気配というか雰囲気というか険悪なものが漂っている。正直怖い。だけどずっとこのままでいるわけにはいかない。触らぬ神に祟りなし(もう祟られているようなものだけど)、明日になれば機嫌も直っているだろうとも思ったけどさすがにもう耐えられない。
「ごめん」
 気づくとぼくは謝っていた。すると姿は見えないけど依子さんが返事をする。
「なんで謝るの?」
「いや、なんとなく……ぼくが何か怒らせるようなことしたんだろうなあと思って」
「はあ…別に恵太のことで機嫌が悪かったわけじゃないんだけど。ま、いいか」
 そういうと依子さんの姿が宙に現れた。
「じゃあ、なんで姿まで消してたのさ?いつもなら講義中でもバイトの時でもうるさいくらい話しかけてくるのに」
「うるさいって…それってひどいよー。それに仕事中は邪魔にならないように話しかけるの抑えてるのに」
 そういわれて今までのことを思い出してみる。
「……あれで?」
「だって声が聞こえるのも姿が見えるのも恵太だけなんだから…なのに恵太ったら……」
 そこまで言って依子さんは急に黙り表情を険しくして道の向こうを見る。
「何かあった……?」
 ぼくもその先を目を凝らして見てみる。そこには一組の男女が、さらに良く見てみると男の方は石本君だということがわかった。女の人のほうは見たこともない人だった。
 なぜかこのまま近づくのが躊躇われ歩くのを止める。少しの間だけそこに立っていると二人は別れ、石本君がこちらに歩いてきた。
「なんだケータ、見てたのか」
「え、あ、なんだか気まずいような感じがしてさ。さっきの人彼女?」
「まあな。なんだか照れくさいけどなー」
「もしかして今日のバイト代わったのってデートだったからとか?」
「ま、そういうことになるか。何しろ生まれて始めて彼女できたもんだからよ。悪いとはほんとに思ってんだぜ?昼も言ったけどこの埋め合わせは絶対するから」
 そのあと二、三言話したあと石本君と別れる。そういえばいつも石本君と話していると口をはさんでくる依子さんがさっきは静かだった。気になって依子さんを見てみると険しい表情のまま女の人が消えた方をずっと見据えていた。
「どうかした?」
「さっきの女、幽霊ね。しかもかなりタチの悪い」
「は?」
 思いもよらないそのセリフに素っ頓狂な声を上げてしまった。そんな ぼくを気にすることなく依子さんは続ける。
「何か嫌な感じがしたから注意して見てたんだけど、実体化してたけど生きてる感じがしなかったし、どことなく存在が希薄だった。極めつけには男のほうから生気吸い取ってるのが見えたしね」
「実体化? それに生気って?」
 なんだか嫌な予感がする。
「実体化は言葉のとおり。これができると誰にでも見えるようになって、物にも人にも触れられるようになる。ただエネルギー消費がすっごく激しくて普通はできない。生気っていうのは人間が生きていくのに必要な力。活力とも言うけど。私が恵太から貰ってる運気とは違ってあまり吸い取られると命に関わるかも……てっ、恵太!?」
 そこまで聞くとぼくは女の人が消えた方へと駆け出した。
「恵太が行っても何もできないって! 生気を吸い取るなんてそれどころか逆に取り殺されるかも!」
「でも石本君が危ないんでしょ!? 放っておけるわけないじゃないか!」
 依子さんはぼくに取り憑いているんだから離れることはないけど、それでも振り切るぐらいの速さで走る。石本君と別れてそんなに時間は経っていないからあまり離れていないはずだ。そう思い全速力で夜の町を走る。少し息が苦しくなってきたところで先ほどの女性の背中が見えた。このすぐ先には公園がある。すると、やはり女性は公園の中へと入っていった。そこが目的地なのか、通過点なのかわからなかったけどぼくはその背中を呼び止めた。女性は振り返り、ぼくを見て怪訝そうな表情をする。
「何か用かしら、坊や?」
 白い肌に赤い唇。形の整った細面。誰が見ても美人と言うだろう。だけどあまりの存在感の無さが、女性が生きているとは思わせなかった。
「石本君から離れてもらえませんか?」
 初対面の人間に言う台詞ではなかったけど、そんなことを考えている余裕は無く、ぼくははっきりと言った。女性は初め何のことかわからないと考えているようだったけど、すぐに何か理解したように表情を変えた。
「そう……私があの男に何をしているのか知っているのね。それに私がなんなのかも」
 女性がそう言った瞬間、あたりから音が消え、時間が止まってしまった気がした。
「良く見れば可愛い顔…心も綺麗なようだし、なにより美味しそうな子ね」
 そう言うと微笑むというよりも酷薄な笑みを浮かべ、舌なめずりをした。白い肌を這う赤い塊が夜の闇の中、妙にはっきりと見えた。その瞬間、肌という肌全てが粟立ち、毛という毛が逆立った気がした。依子さんとは全然違う存在だということに今気づいた。怖い。
 女の幽霊が一歩近づく。一歩近づく。また一歩。そしてぼくはそれと同じように一歩、一歩後ずさる。
「ふふ…そんなに怖がらなくてもいいのに」
 その顔には獲物を追い詰める喜色を浮かべている。その表情を見たくないのに、目を逸らせば、その瞬間襲いかかってくるような気がして相手の顔から視線を外せない。少しでも離れようと後ずさるけど、それも気づけば背後には木があってそれ以上さがれなくなっていた。
 女性が一歩近づくにつれ体中から力が抜けていく。とうとうぼくは立っていることもできなくなり、背を木に預けたまま座り込んでしまった。
 女性が目の前に立つ。そしてしゃがみ込み、ぼくの顔を覗き見る。その瞳は黒くて一切の光を放っていなかった。
 ぼくの頬にその手が触れる。冷たくてやっぱりこの人はもう死んでいるんだと改めて認識した。
 触れたそこから体中の力と熱が奪われていく。実感と直感で死ぬということが頭の中を駆け巡る。思考が恐怖から諦観に変わろうとしていた時に、それは急に止まった。
「恵太から離れて!」
 依子さんの言葉と共に風が吹き、目の前にいた幽霊を吹き飛ばす。音と時間が止まっていた世界が動き出した。
「さっきから変と思っていたら……食事の邪魔をしていたのはあなたね」
 離れた女性の幽霊を中心に風が逆巻き、木々を揺らす。それは依子さんが起こしたものより遥かに強く、奔流となって吹き荒れた。周りに殺気が充満していく。明らかに力の差がありすぎる。
「あなたも一緒に食べてあげる」
 離れても耳元に、脳そのものに冷たく響く。このままじゃ依子さんも危険だ。
「依子さん…逃げて……」
 口が思うように動かず、かすれた声しか出ない。それでも彼女の耳には届いたはずだ。それなのに彼女はぼくの傍から離れず、そこに立ちほうけて、視線だけこちらに向いていた。
 依子さんはしばらくぼくの顔を見て何か考えているようだった。ややあって意を決したように口を開いた。
「恵太、ごめんね」
 そう言った彼女は悲しげな表情のまま、顔を近づける。その表情には何故だか躊躇いや迷い、悔しさが感じられた。
「……?」
 疑問を口にしたかったけど思うように動かず、訴えるように依子さんの目を見つめる。
 だけど依子さんはそんな視線に気づくことなく綺麗なその顔を近づけてきて…
 そして唇と唇が触れた。
 さっきぼくの頬に触れた女性の手とは違って、それはとても温かくて、とても柔らかくて…
いきなりのことに驚き、思考が止まる。
 軽く触れただけのキス。
 短い時間、感じたのは永い時間。
 惜しむように唇が離れた。
 ぼうっとした頭で見ると薄く染まった、照れ笑いをしている顔があった。その顔を見ると心臓が一際大きく動き、体中が熱を帯びていく。だけどまだ体に力が入らず、目を開けていることも辛い。
「奪われた生気はすぐに戻らないからゆっくりと休んだ方が良いよ」
 ぼくの状態を察してか、優しく包み込むような声音が聞こえてきた。
狭くなっていく視界の中、依子さんの笑顔だけが映っている。だけど何故か悲しみのようなものを感じた。どうしてそんな顔をするのだろう……? だんだん重くなっていく瞼に抗うように考えてみるけどうまくいかない。
 そして依子さんは、
「バイバイ」
 別れの言葉を微笑みながら口にした。
 彼女はぼくに背を向け、もう一人の幽霊の方へと向かう。離れた場所には怒りをのせた奔流が、荒れ狂っている。
 彼女は確かに笑っていたけど、どこか諦めたような感じで、やっぱり悲しそうだった。
 そういえば今日は、やけに依子さんの色んな表情を見たような気がする。怒った顔、笑った顔、悲しそうな顔に照れた顔……今日というよりも、出会ったあの日から怒ったり笑ったりくるくると表情を変えていたっけ。朦朧とする意識の中、そんなことを考えていた。
 そして……
 ぼくの意識は深い穴の中へと落ちていった。


 夢を見た。それは夢というより懐かしい記憶。
 ぼくがまだ高校生で、登下校に電車を使っていたときの一風景。
 さして代わり映えのしない毎日、退屈でちょっとしたことに一喜一憂していた日常。
 そんな中にその少女もいた。黒髪を肩口で揃えた少女。遠くから見ただけでもわかるほど綺麗な顔をしていた。
 同じ時間。同じ電車。同じ場所。
 気づけばその少女がそこにいることがぼくの日常の一部になっていた。
 だけど何度か季節が変わり、年も変わろうとする頃。その日常が形を変えた。
 いつも同じ場所にいた少女が姿を消した。
 友達でもなければ、知り合いでもない。そんな少女がいなくなった。それだけ。
 姿が見えなくなった初めは、そのことに戸惑い落ち着かなかったけど、それもまた日常になっていった。ただそれだけの話。
 だけど、時間が流れた今でもそうだろうか?
 懐かしい記憶の中の少女は誰かに似ていた。人のことをあまり考えずいつも明るくて、怒ったり笑ったりすぐに拗ねたり、表情がくるくる変わる少女。
 その少女の名前は……


「依子さん……」
 その名前を呟きながら目を開けると、眩しい光が網膜を強く刺してきた。その刺激に耐えれず目を細める。
「お、ようやく気づいたな」
 まだ慣れない光の中、知っている声が聞こえてきた。この声は……
「石本君?」
 おう、と短く返事が返ってくる。徐々に慣れてきた目で、辺りを見回すとぼくは自分のベッドで横になっていた。
「あれ……ぼく、どうして?」
 傍にいる石本君に問うというより、自分自身に投げかけるように呟いた。
「ああ、お前近所の公園で倒れてたんだよ」
 その言葉で何があったのか思い出した。
「いや、びっくりしたぜ。お前の携帯から電話がってさ、出てみると聞いたことのない声の女で、お前が公園で倒れてるから来てくれって。何の冗談かと最初思ったんだが妙に切羽詰った声だったし、時間がないってかなり焦ってたみたいだからな。で、行ってみたらマジで倒れてんだからかなりびびったぜ」
 そこから石本君はぼくをここに連れてくるまでの経緯を説明してくれた。
「ところで電話掛けてきた女、誰だ? ヨリコってのはそいつの名前か?」
 多分そうだと思ったので頷く。
「もしかしてお前の彼女か!? かーっ! 大人しそうな顔しといて隅に置けねぇな、おい」
 ぼくは慌ててそんなんじゃないと否定した。石本君はいまいち納得していないようだったけど、自分でも考える所があったらしくそれを口にした。
「ま、彼女とかだったら倒れてるお前放って消えるわけないわな」
「消える?」
 その言葉に思わず反応する。まさか依子さん、石本君の前で姿を消したわけじゃないよな……? だけどそれは単なるぼくの杞憂に終わった。
「俺がお前を見つけた時は公園に誰もいなかったからな」
「そっか……」
 お互い話すことがないのかなんとなく沈黙が続く。
 依子さんのことを考える。どうしてあの時、悲しそうな顔でバイバイなんて言ったんだろう。どうしてあの時、ごめんなんて言って、キスを――――
 そこまで考えて急に唇と唇が振れた時の感触を思い出した。顔が赤く火照るのがわかる。
「おい、顔赤いぞ。熱あんじゃないか?倒れたりもしたし風邪か?」
 ぼくの様子を見ていた石本君が慌てて聞いてきた。その様子にぼくも慌てて大丈夫だからと言ってなだめる。
「なら良いんだが……ってもうこんな時間か。悪いけどバイト行かないと。思ってたより元気そうだから安心したぜ」
 そう言うと足早に玄関へと歩き出した。靴を履きドアに手をかけた時、
「俺が頼んだからって無理してまでバイト代わってくれなくても良いからな。お人よしも程ほどにな?」
 明るく冗談めかして駆け足で部屋を出て行った。
 ドアが閉まり部屋が静寂に包まれる。
 そういえば石本君と話している時、依子さんが静かだったな。いつもだったら他の人には聞こえない声で文句ばかり言っているのに。
 少し変だと思って何もない宙に向かって声をかける。
「依子さん」
 返事がないのでもう一度呼びかける。
「依子さん?」
 それでも返事は無かった。あの時の軽率な行動が依子さんの噴火しやすい怒りに触れたのだろうか。ベッドから身を起こし体勢を整えようとする。けど、まだ体力が戻っていないのか、思うように動かすことが出来ない。体全体が気だるさに包まれていた。そういえば石本君と話していた時はそうでもなかったけど、まだ眠気が取れていなかった。
「ごめん……」
 誰もいない空中に呟くように謝罪の言葉を良い、ぼくは再び眠りに落ちた。


 女性の幽霊に襲われてから体力が戻るまでの数日間、ぼくはあまり体を動かすことが出来なかった。その間、石本君や菊宮さんがお見舞いに来てくれて講義の進行状況や食事の手伝いなどしてくれた。その間、依子さんは姿を見せることも、話しかけてくることも無かった。体力も元に戻り、大学に普通に通っている今でも続いている。
 さすがに気になったぼくは依子さんがそこにいるという証の方の重みを探ってみることにした。どんなに機嫌が良くてうるさいくらいに話しかけてきた時も、どんなに怒っていて姿が見えない時も、確かに感じていたそれは今は無く、嘘のように軽い。
 それどころかほとんど日常的にぼくを襲っていた不運な出来事さえもなくなっていた。
 依子さんの存在を証明していた二つの事柄がなくなっている。そして何よりも彼女が傍にいるという気が全くしない。
 あまり考えたくなかったけど、それらのことが不思議な隣人が消えてしまったという事実を明らかにしていた。
 ふと考える。ぼくは依子さんのことをどう思っていたんだろう。ぼくが色々不運な目に遭っていたのは彼女のせいだったし、講義中、仕事中問わず話しかけられるのにも正直うんざりしていたはずだ。なのに何だろう、この喪失感と寂寥感は。
一方的に始まった非常識な生活はいつの間にかぼくの日常になっていたようだ。それが依子さんがいなくなることによって日常と思っていたものが変わってしまった。
 そういえば何年か前にもこんなことがあったはずだ。つい最近、夢に見た覚えもある。通学の最中いつも見かけた名前も知らない少女。
名前も知らない……? あの少女の顔かたちを思い出す。今まで忘れていた顔に、最近良く見ていた顔が重なる。そのあまりの一致に絶句した。
 依子さんだったんだ……
 どうして忘れていたんだろう。何故すぐに気づかなかったんだろう。忘れていた記憶が当時のことを鮮やかに思い出させる。初めてその姿を見た時から彼女のことが好きだったということを。
 だから彼女がいなくなったことであんなに落ち着かなかったんじゃないか。
 そしてまた彼女はぼくの前から消えてしまった。
 ぼくはまた同じことを繰り返すことになってしまった。大切な人がいる日常が、何もない日常に変わるということを。
 どうして数年前のあの時も、今も何も言うことが出来なかったんだ。どうしてもっと話そうとしなかったんだ。後悔がぼくを責め立てた。
 そしてまた依子さんという存在を失った生活が日常となるのだろう。そんな思いが生まれてはぼくを締め上げる。気づくとぼくは涙を流していた。


 依子さんが消えてから数ヶ月が過ぎていた。時間が流れたからといって彼女が戻ってくるわけではない。それでも時折彼女が戻ってくるような気がして町を歩くことが日常となっていた。特に雨が降った日には必ず公園のステージへと足を向ける。

 雨の中、傘もささずに踊るその姿を求めて……

                          終
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Author:MATS
自称燃えと萌えを知る者MATSによる小説・SSブログ。
武器・ロボット大好き、ツンデレ・幼馴染み・眼鏡大好き。
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